みぢかを機能で考える

ISIDエンジニアリング・機能エンジニアが機能で考える開発について紹介します。

ドア

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    人が住むところにはどこにでもある、みぢかの中でも特に身近なもの。 今回は「ドア」の機能を考えてみましょう。 開き扉、引き戸などいろいろな形態がありますが、それらを総称してここでは「ドア」と呼ぶことにします。

 

さて、「ドアの機能」を考えてみようとすると、ドアには必ず2つの状態があることに気づきます:

1)開いた状態

2)閉じた状態

です。

 

    そうです。ドアは「状態によって全く異なる機能を持つ」という特徴があるのです。

1)開いた状態では、人(モノ)を通す

2)閉じた状態では、人(モノ)を通さない

これらの両方を兼ね備えて初めて「ドア」と言えます。

 

    これらの機能には「どのくらい」という水準(レベル)を考えることができます。そしてそのレベルは、ドアに対する要求によって変わります。

 

    例えば、普通の建物のドアなら、1)の機能のレベルは、「その地方に住む人が丁度通れる」というレベルの開口部で良いということになります。日本の古い建物のドア(戸)は小さいものが多いですが、これは昔の日本人の背が低かったからですね。これに対して、西欧の建物のドアは非常に大きいものが多いです。これは比較的西欧人の背が高かったということもありますが、それ以上に、建物やドアに「荘厳さ」を求め、それを大きさで表現した、ということもありそうです。

    そもそも、西欧の建物は天井がとても高いですよね。逆に日本の茶室の入り口のドア(戸)は歩いては入れないほど低いです。これは「茶の湯」の作法が「必要最小限の空間」を追求したために、「躙って(にじって)入る」という入り方で十分である、とか、頭を下げて地位や立場をリセットし一人の人間として入って欲しい、という要求から来ているといわれています。

 

    2)の機能のレベルは、普通の建物のドアでも「人」基準でない場合が多いですね。例えば玄関のドアなら「雨やほこりが入らない」という要求があるので、「水や細かい塵を通さない、気密性」が必要になります。逆に門の扉などは、気密性は必要なく「人が入れない」という要求さえ満たせばいいので、格子状の門もあります。

 

 

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    ではここで、2)の「閉じた状態ではモノを通さない」という機能の「水や細かい塵を通さない」レベルを実現するための手段を考えてみましょう。

 

    よくあるのが「パッキン」あるいは「シール材」を用いる、というものです。ただし、これがすべてではありません。

 

    例えば、ミクロン単位の加工技術があって、ドア枠とドアに「テーパー(斜面)」をつければ、押し付けるだけで気密性が確保できます。

 

    逆に、「パッキン」あるいは「シール材」を用いても、元のすき間があまりに大きければ、気密性を確保するのが難しいでしょう。・・・ドア開口部の外周の半分の面積を占めるようなパッキンを想像してみてください。パッキン自体にも強度を持たせないと気密性が保てず、その設計は苦労するでしょう。

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    このように考えてゆくと、ものを設計する際には基本機能を実現する「骨格」となる部分とニーズに応じて付加価値を加える「付加的」な部分とがある、ということに思い当ります。上の例では、ドア本体とそれを開閉する機構部分が「骨格」、パッキンは「付加的」であるということになります。

    ドアにも「非常扉」「防火扉」といったものがあるように、その目的により、基本機能や付加機能に要求されるものが異なってくることはいうまでもありませんが、何らかの製品を設計する際には、構想段階でこの「骨格」をしっかりと決めて、基本機能を確立させた上で、それに付加的なものを加えることでモノへの要求をきちんと満たす、そういった全体俯瞰的な視点と部分最適の視点のバランスを保っていくことが重要であるといえそうです。

 

 

 

映画をどこで見る?~映画館で見る価値、家で見る価値

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先日映画のディレクターズカットや映像特典についてお話ししましたが、さて、皆さんは映画をどこで見ますか?

もともと映画は映画館で見るものでした。しかし今はいろいろなメディアの発達により、家、あるいは移動中の車や電車の中など、いろいろな選択肢があります。

ここでは話を簡単にするために、映画館と、それ以外の代表格として家の二択に絞って話を進めたいと思います。

 

 

さて、映画館で見る場合、我々は映画館にどのような機能を求めているのでしょうか。

例えば

  • 巨大な画面、大音量で別世界に包まれたい。
  • 周囲の観客との一体感を味わいたい。
  • 始まる前のドキドキ感と終わって帰る時の寂寥(せきりょう)感を堪能したい。

・・・等、要するに非日常のイベントとして楽しみたい、ということでしょう。

 

一方、家で見る場合、そこに求める機能は何でしょうか?

  • 外出の準備をせず気軽に映画を見たい。
  • いつでも休憩したり中断したり、マイペースに楽しみたい。
  • 他人の反応を気にせず、自分だけで落ち着いて映画に集中したい。

・・・等、要するに日常の延長、生活の一部として楽しみたい、ということでしょう。

 

ちなみに私、機能エンジニアとしては、アクション系、SFX系の派手な映画は、映画館それもIMAXで、ドラマ重視の映画は家で見ると決めています。 多分そういう方は多いのではないでしょうか。もちろん映画館で見た映画もあとで特典映像見たさにブルーレイを買ったりしますが。

 

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さて、ここでふと思ったことなのですが、上記の映画館の場合と家の場合の特長は、それぞれ「コト消費」と「モノ消費」という言葉で表現できるのではないでしょうか。

 

「コト消費」「モノ消費」の定義として、ここで、経済産業省が公表している『平成27年度地域経済産業活性化対策調査(地域の魅力的な空間と機能づくりに関する調査)報告書』からモノ消費とコト消費についての説明を引用します。

【モノ消費】

 個別の製品やサービスの持つ機能的価値を消費すること。

【コト消費】

 製品を購入して使用したり、単品の機能的なサービスを享受するのみでなく、個別の事象が連なった総体である「一連の体験」を対象とした消費活動のこと。

 

家ではコンテンツ(映画)をブルーレイもしくはDVDという製品に変えて消費(観賞)し、映画館ではコンテンツを観賞するだけではなく全体の雰囲気を堪能する。まさにモノ消費とコト消費ですね。

 

「モノ消費」から「コト消費」へ、という流れが昨今言われていますが、さて、映画はどうでしょう?

 

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映画の場合は逆の流れになっていないでしょうか。

 

たしかに最近シネマコンプレックス、通称シネコンが増えてきて、スクリーン数や映画館入場者数は増えつつありますが、「増えつつある」程度です。

日本映画産業統計によれば、1996年の1.2億人を底に2016年には1.8億人まで増えてきていますが、1958年のピーク時が11.3億人だったことを考えればまったく比べ物になりません。まあ当時はテレビも一般的ではないし他に娯楽があまりなかったので確かに比べ物にならないのですが。

 

1958年を特別扱いにするとしても、娯楽の代名詞であった映画からその座をテレビが奪った1970年代以降ほぼ入場者数2億人弱で推移している現状では、とても「モノ消費」から「コト消費」に移りつつある・・・とは言えません。

 

逆に特典映像で付加価値をつけたブルーレイやDVD、そして価格が下がりつつある大画面テレビにその座を奪われつつあります。

 

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また最近は映画館での上映終了後、ブルーレイやDVDへの製品化までの期間は短くなる一方で、ついこの間封切りされたと思ったらもうブルーレイが売られている!という状況になっています。

海外の映画には日本での上映無しに製品化されるものもあります。しかも特典映像がついているのですから、映画館で見て「コト」を楽しむべき映画に付加価値がついて「モノ」になっています。この状況は「コト消費」から「モノ消費」に流れているといってもいいでしょう。

 

でも、本当に「コト」から「モノ」に流れているのでしょうか?「コト」としての映画館は廃れてゆくだけなのでしょうか?

 

それは映画館入場者数が増えつつある現状を見れば間違いであり、シネコン化やIMAX、IMAX3D、4DX等のコトの付加価値の増加により入場者数は更に増えていくと思われます。

 

ということは単純に「モノ」から「コト」へ、もしくは「コト」から「モノ」へという2つの流れだけでは計れないものが映画にはあると私は考えています。

「モノ」でも「コト」でもない、「映画というコンテンツ」というものが中心にあり、その「コンテンツ」の楽しみ方が、見る本人のその映画に対する思い・考え方によって、「モノ」という手段を選ぶか、「コト」という手段を選ぶか、という違いになっているのだと思います。

 

つまり最初の質問、「映画をどこで見ますか?」は、言い換えれば「その映画をコトで楽しみますか?モノで楽しみますか?」になるということです。

 

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結局は「モノ」だろうと「コト」だろうと、その中心にある「コンテンツ=本質」が重要であり、「モノ」も「コト」も本質に対する付加価値でしかなく、本質の価値が「モノ」と「コト」の価値を決めるのです。

それを見失い「モノ消費」だの「コト消費」だのという一時のブームのような言葉に振り回されると、いつか痛い目に会いそうな気がします。機能エンジニアとしては「本質」の重要性は絶対に忘れたくない・・・と映画館の話をしながら思ってしまいました。

 

 

スーツケースは2輪キャスターか、それとも4輪か?

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 主要ターミナル駅や、空港ではキャスター付のスーツケース、カバンをお持ちの方が多くなりました。接触事故も多くなり、注意を促す構内アナウンスもよく耳にするようになりました。

 

    私も仕事柄宿泊を伴う移動が多く、キャスター付スーツケースは手放せません。短期での移動用に飛行機でも持ち込めるレベルのもの、もう一回り大きいけれど新幹線の荷物棚に載せることができる一週間レベルの移動用、そして海外や国内長期出張で使う大型のもの、以上3つを使い分けています。

 

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ところで、ここで問題になるのがキャスターのタイプ。皆さんは2輪キャスター、あるいは4輪の自在キャスターとどちらを使われていますでしょうか?

 

2輪か、4輪かの議論の前に、いつものように、「スーツケースについているキャスターの機能」について考えてみたいと思います。

 

その機能は:

  • スーツケースと荷物の重量を支える
  • 移動時の負荷を軽減する
  • 移動時の方向転換を容易にする

 

といったところでしょうか。 それぞれについて、2輪と4輪との違いを実現手段からまとめてみました。

 

<実現手段>

 

2輪

4輪

1)   重量を支える

移動させるときにはキャスターで、停止時には、キャスターと脚で支える。

キャスター4輪で支える。1輪あたりの支える荷重は、単純計算で2輪の半分となる→キャスターは2輪よりも小型でもよい。

2)   移動負荷低減

車輪を大きくして、不整地路面や段差を乗り越えやすくする。 そのために、車輪部分がケース部に多少埋め込まれる構造となる→容量が埋め込まれた分だけ少なくなる。

車輪の構造により(下記3)参照)、ケース部には埋め込みにくいので、ケース本体をかさ上げすることになり、車輪は小さめになる→移動の負荷軽減効果が少なくなる。

3)   方向転換容易

左右2輪が独立に回転することで、方向転換は容易。 但し、移動はケースを傾けて脚を接地させないことが前提となる。

車軸方向が自由に旋回する旋回キャスターを使うことで方向転換を可能にしている。4輪が接地した状態(立てたまま)でも移動可能。但し、4輪の旋回スペースを確保するとケースには埋め込みにくい。

 

    こうしてみると、キャスターの構造がスーツケースの本体にも影響を及ぼしており、構造によってはケースの容量が小さくなっていることが判ります。 これは収容容量を犠牲にしているということなのでしょうか…?

 

    ここで申し上げたいのが、「機能を配分する」という考え方です。

 

    冒頭、スーツケースのキャスターの機能についてお話をしてきましたが、そもそも、スーツケースの機能とは何でしょうか?

 

「必要な量の荷物を安全に楽に運ぶ」ということが基本機能だとすれば、「必要な量」「どれくらい安全」「どれくらい楽に運ぶ」「どこに収容する」といった基本機能を構成するそれぞれの「水準」が、使用目的に応じて決定されるということ、これが機能を配分するということになります。

 

    そして、車輪の構造もその目的となる機能配分によって決定されるということなのです。

    機能の関係について展開図で表現してみました。車輪はケース持ち運び構造の下位に位置づけています。

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    さて、私はどうしているかというと....。

    移動でスーツケースを引きずり回すことが多く、いままで何台もキャスターを壊してしまい、スーツケース本体は全く問題ないのに、買い替えせざるを得なかったので最近はもっぱら2輪です。

 

    ケースに車輪の部分を内蔵した形になっており、その構造から、車輪も大きめになることから、耐久性が有利、取り回しも楽だという理由をカバン屋さんきいたのがその動機です。車輪が大きいとテコの原理で考えると段差もらくらく取り回せることが解ります。(下図参照)

 

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キャスターが、しっかりした車輪になっているので、走行も静かですしね。

 

    ただ、その構造から、歩行時は手で引き、スーツケースは自身の体より後ろになってしまうので、混雑したところを通るのは冒頭で触れたように他の人との接触の可能性が高くなるので、多少神経を使います。

 

    また、大き目のスーツケースにたくさん荷物を入れると、さすがに引いて歩くのは少々重く感じます。たまに手首が痛くなることも(笑)。 さすがに大型のスーツケースで2輪はないので、キャスターの車輪が比較的大型のもので、ダブル車輪になっているものを選んで使っています。

 

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    前述したように、「必要な量の荷物を安全に楽に運ぶ」ということがスーツケースの機能だとすれば、製品の狙いによって、その下位機能を配分し、様々な本体構造・材質・メカニズムのものが増えてきているといえそうです。

 

    ただ、私の場合は荷物の中身は宿泊に伴うものばかりなので、家と宿の間を勝手に動いてくれれば!  なんて考えてみたりもします。スキーやゴルフの宅急便があるのですから、もう少し安価で簡単な物流のしくみができないか、心待ちにしています。

 

マウンテンバイク(MTB)のライディングポジション再考

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    私には三十年来の付き合いになるMTB仲間がいますが、私の家庭の事情で彼らとも少々つき合いが悪くなり、サマーシーズンのMTBフィールドに行く機会も減ってきました。数年前まではレース出場の度に会場となるスキー場に行っていたのです。 今は、レースからは退きましたが、その爽快感からMTB/ダウンヒル(以下、DH)は続けています。

 

 最近のDHバイクは、スピードアップと操縦性向上のため、次のような構造や材質が主流になりつつあります。

  • フレーム素材:アルミ → カーボン
  • サスペンション(サス):コイルスプリング → エアースプリング
  • ホイル径:26インチ → 27.5インチ
  • タイヤ幅:2.5インチ → 4インチ

特にホイル径が大きくなると、ホイルの交換だけではなく、フレームや、サスペンションまで交換することになります。どこの業界でもスタンダードを変更することは、機能水準の向上を狙ってのことだとは思うのですが、なにやら業界ぐるみの何か別の意図を感じざるを得ません(笑)。

 

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    そんな中でロートルダウンヒラー(私です…笑)は26インチ、アルミフレーム、コイルスプリングという仲間うちでは「旧車」と呼ばれるスペックでコースに出ています。サスのセッティングだの、ブレーキの調整などしてコースに出るわけですが、最近なかなか乗り心地というか取り回しがしっくりこないことに気がつきました。

    タイヤのエアー圧、フロント(Fr)/リア(R)サスの圧縮側(コンプレッションといいます。以下comp)、伸び側(リバウンドといいます。以下reb)のダンピング特性は走るごとに変更し、最大ストロークの記録もとりますし、私のインプレッションも残し、チェックしています。

    しかし、なかなか思うようにならないでいました。特にコースでハイスピードのガレ場の部分での衝撃吸収を何とかしたかったのですが...。

(注:ガレ場とは普通の道とは違い、岩壁や斜面から崩落した岩クズが辺り一面に散乱して堆積している場所のこと)

 

 そんなことで悩んでいる中、バイクショップで知り合いのエリートライダー(彼は50歳を超えているが日本のトップ50に入っているのです!)から、

 

「ライディングポジションがあってないのでは?」

 

との一言があり、以下のサジェスチョンをもらったのです。

  •  ハンドルステム(フロントフォークとハンドルの結合部)を5mm短くし、位置を20mm上げる
  • ハンドルの位置を20mm上げる
  • サドル高さを30mm下げる

    つまりハンドルグリップの位置を40mm上げて、5mmライダー側に寄せ、尻の位置を30mm下げる。コース走行時にライダーの重心がバイクの重心上にくるようにするのが狙いです。

 

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    また、これまでハイスピードのガレ場では腕への衝撃がかなりきついと感じていました。これはポジションが前のめりになっているため、腕への荷重分担が足側より増えている状態であったことによるものと思われます。

 

    早速、ハンドルのポジションを変更して、コースを走ってみると、確かに乗りやすく、走行時の安定性が増したように感じられました。

 

 また、ポジションが前傾していたため、トータルの重心がFr側にあり、Rrサスを有効に使える状態ではなかったと思います。ポジションの変更により、この点も改善できました。

   更にサドルの位置を下げたことにより、重心移動しやすいポジションとなり、走路の傾斜度合いによって自分の重心とバイクの重心を意識しながら、腕と足でより衝撃吸収ができ、ブレーキング時の荷重移動に対応しやすいポジションをとることができるようになったと思っています。

 

 先のエリートライダーは現在ではサスのセッティングよりむしろ、ライディングポジションの調整に多くの時間を費やしているとのことで、数mmのポジション変更で走りが激変することも珍しくないらしいです。

 

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 後日、サドルも下げて別のコース(斜度のゆるいコース)を走ってみると、確かに安定性が向上していることが確認できました。

 

    またポジションの自由度が増し、コースの状況に応じたポジション取りできるようになりました。この自由度向上はコースの変化、あるいはコーナー曲率、バンク角などに応じた重心移動を自由にできることを意味し、それに合わせたライダーとしてのトレーニングも必要となりました。

     このポジション取りのためには、脚力をかなり使うようになり、これまで先の斜度のゆるいコースで筋肉痛などなったことがなかったのですが、今回は大腿四頭筋の内側広筋がひどく痛みます(笑)。

 

    重心のもつ意味、その機能を改めて認識できた出来事でした。MTBに限らず、 どんなスポーツでも重心の使い方は重要だと思います。特に道具と組み合わせて重心移動のあるモーターサイクル、スキー、スノーボード、サーフィンなどはみな同じことが言えるのではないでしょうか。

 

 

傘の所持数は日本が世界一

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9月になって幾分涼しくなりました。今年の夏は、雨の日が多く、またゲリラ豪雨も各地で発生していますね。「傘持ってないよ!」というときもあったでしょうけど、傘を持っていても役に立たないほどの豪雨もあったでしょう。 今回は「傘」の機能を考えてみましょう。 夏は日傘も大活躍ですが、ここでは雨傘について考えてみます。

 

 

傘の目的を考えると、

1)「雨の日の外出時に体を濡らさない」

2)「雨が止んだら閉じて邪魔になりにくい」

というようなことが出てきます。

 

このうち、本質的な目的は、あきらかに1)ですね。2)は付加的なものと思われます。

 

これは昔の状態を考えるとわかるでしょう。日本で「番傘」のようなものができるもっと前には、「かさ」と言えば、頭からかぶる「笠」でした。「かさ地蔵」がかぶっているもの、というとおわかりでしょうか。

この笠をかぶり、蓑(みの)を羽織って雨をしのいでいたのです。

 

この時の「笠」の機能は、「雨が(特に頭に当たるのを)防ぐ」というものであり、上記の目的の1)だけに対応していました。

 

 

そのうちに、時代が下ると

「雨が止んだときに笠や蓑がじゃまになる」とか、

「蓑や雨合羽などを着ないで、雨の日もスマートに歩きたい」という

要求がでてきたものと思われます。

 

それに対応したのが「(普段着を濡らさないほどの)大きい傘が、使用後はコンパクトに閉じられる」という付加機能であり、それは上記の目的の2)に対応したものです。

この機能を実現するために、骨の構造を工夫し中心の棒の上をスライドする機構(下ろくろ)を設けたということです。

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(図はWikipedia「傘の各部の名称」より)

 

 

このように、要求(ニーズ)が変化(高度化)すると、それに対応して機能を変化させた新しい製品が出てくる、ということです。まさにエジソンの言葉通り、「必要は発明の母」ということですね。

現代になると、さらに「使わない際にはカバンに入れたい」とか「片手で開きたい」という要求が出てきて、それに対応する「折り畳み傘」や「ジャンプ傘(ワンタッチ傘)」というバリエーションが生まれていますね。

 

 

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傘には和傘と洋傘という分類があります。 最近では一般的に使われているのは洋傘ですね。

和傘の開閉の仕組みは日本で独自に考えたものらしいので、洋傘とはまったく別に生まれたということになるのに、仕組みがとても似ているのが面白いですね。

ただし、洋傘は骨を外側へ開く力と布の張力とをバランスさせることで形を保つのに対して、和傘は紙の強度に頼らずに骨だけで持たせるために、骨の本数が多くなっています。使用する材料が違うので、機能を実現する方法が少しだけ異なるということになります。

 

タイトルにも記しましたが、一人当たりの傘の所持数は日本が3.3本で世界一だそうです(2014年のウェザーニュース社の発表から)。自宅や職場・学校の傘立ての状況をみるともっとありそうですが(笑)。傘の機能は日本人にとっては生活の中で大事な要素となっているに違いありませんね。

 

これから傘を使う際に、先人の知恵による構造を、少し眺めてみてはいかがでしょうか。

 

早実・清宮選手や広陵・中村選手は金属バット不要!?

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夏の甲子園というと殆どの方が高校野球のことを思い浮かべられると思います。正式には全国高等学校野球選手権大会というようですが、(ちなみに春は選抜高等学校野球大会)今年の夏で99回、来年は100回目の節目を迎えます。

 

冒頭、名前を出させてもらった両選手はいずれもホームランで話題をさらった選手です。清宮選手は残念ながら今年は甲子園にはいけませんでしたが…。

 

ホームランといえば、今大会は過去最高のホームラン数となり、68本ものが出たとのことです。

高校野球といえば金属バットを使っています。木製のものと比べると反発力が大きく、定性的には飛距離は伸びる方向=ホームランがでやすいといえるでしょう。

 

金属バットが高校野球に導入されたのは1974年だそうです。但しその年から急にホームランが増えたわけではありません。そのころは大会通算で10本余りだったようです。

当時とは体格・体力も違うでしょうし、技術も上がっているでしょう。甲子園球場ラッキーゾーンが廃止されたときはさすがにホームランは減ったようですが、今やそんなことは関係ないぐらいまたホームラン数は増えてきました。

 

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こんなにホームランがでるなら金属バットはそろそろ止めたほうがいいのでは…?と思ってしまいますが、ちょっと待ってください、そもそも何のために高校野球大会では金属バットを導入したのでしょうか。

 

木製はどうしても折れてしまうので、買い換えると費用がかさむ、負担を軽減するために導入をしたようです。プロとは違いますから、経費はより抑える必要がありますよね。

 

金属バットは木製バットと比較すると以下のような特徴があります:

  • 芯がない、というより芯が広いというべきなのかもしれませんが、打ってボールを遠くに飛ばすことの出来るスイートスポットが広い。
  • 折れない(正確には破損・変形しにくいというべきでしょう)
  • 吸収したエネルギーをあまりロズせずに、反対向きの運動エネルギーに変換する効率が高い(減衰が小さい)
  • 軽い

 

折れないバットを構成しようとしたら、結果的にその材質と構造により遠くへ飛ばしやすいバットになってしまったということなのでしょう。

 

プロでは金属バットは試合では使いませんが、試合前の練習で選手が使っているのをみたことがあります。  キャンプでは技術を磨くので使わないでしょうけれど、試合前はウォーミングアップなので、バットを折りたくないって言うことなのかもしれません。

 

プロの場合は、技術もパワーも更に高いレベルにあるので金属バットにすると、遠くへ飛ばしやすいということが、ホームラン増加、野球の質を変えてしまうとか、打球のスピードが上がりすぎて、危険度が増すとか(特にピッチャーの場合はよけられない)いう問題が発生しかねないようです。

また、木のほうがしなりとか、形状の微妙な調整により、選手にとってより扱いやすいものにできるのかもしれません。

 

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バットはピッチャーが投げた球を打ち返す道具です。それはプロも高校野球も変わりません。しかし、打ち返すために必要とされる機能を「ボールの運動エネルギーを受け止め、それを逆向きの運動エネルギーに変換する」とすると、人間の手、腕、体を含めて、如何にその機能を高いレベルで実現するのかが、バッターとしての技術と言えそうです。そして

  • プロの場合は基本機能を如何にうまく実現するのか、そこに重点がおかれる
  • 高校野球では、基本機能を容易に一定のレベルにして、その基本機能を継続的に維持していくことに重点が置かれている

といえそうです。

このように同じ機能でも、目的や機能に求められる水準の違いにより、材質や構造がきまってくるのです。 決して金属製のバットを作りたかったわけではないと思っています。

今は金属ですが、木製と同じような特性をもつ、構造や材料が出現してくれば、そういうものに変わってくる可能性があるのでしょうね。

 

ところで、今回、金属と木のバットの機能の話をしましたが、モノの話をする時に、忘れてはならないのがライフサイクルの観点だと考えています。 材料から加工、組み立てを行いモノの形を作る、用済みになったら、そのモノを自然に帰すことが出来る形で廃棄する、こういったプロセスの中でエネルギーを如何に有効活用するのかという視点です。

金属のバットのほうが、材料・加工・廃棄にエネルギーを使いそうですが、木のバットは折れるので材料・加工・廃棄のサイクルは速そうですね…。

地球に優しいのはどっち?

 

同じ映画なのになぜこんなにたくさんの種類が?~ディレクターズカットの功罪

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DVDやブルーレイディスクをメディアとした映画やドラマ作品を買うと、ほとんどの場合「映像特典」がついてきます。予告編集だったり、メイキングだったり、製作者のコメントだったり、NG集だったり、未公開映像だったり、果ては別エンディングまで付いていたりします。

 

その中で今回私が話題にしたいのは「ディレクターズカット」というものです。要するに未公開映像を本編に加えて、劇場公開版より長い尺にしてDVDやブルーレイディスクをメディアに販売するというものです。ディレクター=映画監督ですから監督が本来やりたかった編集のバージョンということでしょう。

 

ディレクターズカットの機能とは何でしょうか?

 

  1. 商業的理由(上映時間や観客受けのため)により削除せざるをえなかったが、本当に監督として作りたかったバージョンを是非見てほしい、という監督の自己顕示欲を満たす。
  2. 劇場で見た観客が、DVDやブルーレイを買いたくなるようなモチベーションを与える。
  3. 映画のファンが別バージョンを是非見てみたいという好奇心を満足させる。

 

おそらく全てでしょうけれど、一つずつみていきましょう。

 

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まず1ですが、個人的にはこのようなことはあってほしくないですね。プロデューサーともめたとかの内幕は正直見たくも知りたくもないので。(小ネタとして興味はあるけど。)

世の中に商品として送り出すのですから、製作者は100%とまではいかないにしても、芸術作品である以上は、それなりの納得感・満足感・達成感をもった作品を作ってほしいものです。

 

いろいろディレクターズカットを見てきましたが、やはり劇場公開版が一番シンプルでテンポよくまとまっている場合が多いと私は思っています。

 

また、ディレクターズカットによっては、どこが増えたのか気付かなかったり、劇場公開版と何が違うか分からなかったりして、ディレクターズカットって、あまり意味がないのでは、とも最近思い始めています。

 

実際、劇場版があくまでもオリジナルであり作品として優れていて、ディレクターズカットはオマケでしかないと語っている監督もいるそうです。

だとしたら長い時間かけて本編含めて見るよりも、映像特典として未公開映像だけオマケとして付いていた方が視聴者としてはありがたいのではないかと思ってしまいます。

 

 

つぎに2、3の機能ですが、以前「限定品」の話題の時にも書いたとおり、ある意味DVD・ブルーレイディスク版を買わなければ見られない、という希少価値的な側面もあり、購買意欲をそそるモチベーションとしては意味があると思います。実際同じお金を払って100分の劇場公開版を買うより、110分のディレクターズカットを買った方が10分お得感はあります。実際に私も「オマケ」のついた後者を選びます。

 

でも・・・されど10分・・・です。

 

純粋にその映画のファンで、いろいろなバージョンを見ることを楽しみにしている人、要するに3の機能を楽しみにしている人ならいいのですが、単純に数字を比較して「10分多いから」で選んで本当にいいのだろうか、と考え始めました。

 

上記の通り劇場公開版の方がまとまっているケースが多く、その場合、追加10分は「オマケ」ではなく「蛇足」になります。要するに不必要なもの、邪魔で余計なものです。

 

有限で時間的制約のある命を持つ人間にとって、その無用の10分を使う余裕はあるのだろうか?ひょっとしたら他のことをした方が有効なのではないだろうか?と年齢を重ねてきてしまった筆者は思ってしまうわけです。(若い人は考えないでしょうね)

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追加10分は「有効なオマケ」なのか「時間の無駄」なのか。 今後は、DVD、ブルーレイディスク版を買う時はその機能が持つ、自分にとっての価値をじっくり考えてみたいとることにします。

 

P.S

価値を考えるのに20分迷うとしたら、追加10分を見た方がましかも・・・