みぢかを機能で考える

ISIDエンジニアリング・機能エンジニアが機能で考える開発について紹介します。

同じ映画なのになぜこんなにたくさんの種類が?~ディレクターズカットの功罪

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DVDやブルーレイディスクをメディアとした映画やドラマ作品を買うと、ほとんどの場合「映像特典」がついてきます。予告編集だったり、メイキングだったり、製作者のコメントだったり、NG集だったり、未公開映像だったり、果ては別エンディングまで付いていたりします。

 

その中で今回私が話題にしたいのは「ディレクターズカット」というものです。要するに未公開映像を本編に加えて、劇場公開版より長い尺にしてDVDやブルーレイディスクをメディアに販売するというものです。ディレクター=映画監督ですから監督が本来やりたかった編集のバージョンということでしょう。

 

ディレクターズカットの機能とは何でしょうか?

 

  1. 商業的理由(上映時間や観客受けのため)により削除せざるをえなかったが、本当に監督として作りたかったバージョンを是非見てほしい、という監督の自己顕示欲を満たす。
  2. 劇場で見た観客が、DVDやブルーレイを買いたくなるようなモチベーションを与える。
  3. 映画のファンが別バージョンを是非見てみたいという好奇心を満足させる。

 

おそらく全てでしょうけれど、一つずつみていきましょう。

 

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まず1ですが、個人的にはこのようなことはあってほしくないですね。プロデューサーともめたとかの内幕は正直見たくも知りたくもないので。(小ネタとして興味はあるけど。)

世の中に商品として送り出すのですから、製作者は100%とまではいかないにしても、芸術作品である以上は、それなりの納得感・満足感・達成感をもった作品を作ってほしいものです。

 

いろいろディレクターズカットを見てきましたが、やはり劇場公開版が一番シンプルでテンポよくまとまっている場合が多いと私は思っています。

 

また、ディレクターズカットによっては、どこが増えたのか気付かなかったり、劇場公開版と何が違うか分からなかったりして、ディレクターズカットって、あまり意味がないのでは、とも最近思い始めています。

 

実際、劇場版があくまでもオリジナルであり作品として優れていて、ディレクターズカットはオマケでしかないと語っている監督もいるそうです。

だとしたら長い時間かけて本編含めて見るよりも、映像特典として未公開映像だけオマケとして付いていた方が視聴者としてはありがたいのではないかと思ってしまいます。

 

 

つぎに2、3の機能ですが、以前「限定品」の話題の時にも書いたとおり、ある意味DVD・ブルーレイディスク版を買わなければ見られない、という希少価値的な側面もあり、購買意欲をそそるモチベーションとしては意味があると思います。実際同じお金を払って100分の劇場公開版を買うより、110分のディレクターズカットを買った方が10分お得感はあります。実際に私も「オマケ」のついた後者を選びます。

 

でも・・・されど10分・・・です。

 

純粋にその映画のファンで、いろいろなバージョンを見ることを楽しみにしている人、要するに3の機能を楽しみにしている人ならいいのですが、単純に数字を比較して「10分多いから」で選んで本当にいいのだろうか、と考え始めました。

 

上記の通り劇場公開版の方がまとまっているケースが多く、その場合、追加10分は「オマケ」ではなく「蛇足」になります。要するに不必要なもの、邪魔で余計なものです。

 

有限で時間的制約のある命を持つ人間にとって、その無用の10分を使う余裕はあるのだろうか?ひょっとしたら他のことをした方が有効なのではないだろうか?と年齢を重ねてきてしまった筆者は思ってしまうわけです。(若い人は考えないでしょうね)

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追加10分は「有効なオマケ」なのか「時間の無駄」なのか。 今後は、DVD、ブルーレイディスク版を買う時はその機能が持つ、自分にとっての価値をじっくり考えてみたいとることにします。

 

P.S

価値を考えるのに20分迷うとしたら、追加10分を見た方がましかも・・・

 

日本のトイレは日本人の機能要求の高さの象徴?!

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日頃はあまり話題にならない(しない)ものですが、毎日必ずお世話になっているものがあります。

そのうちの一つ、今回は「トイレ」の機能を考えてみましょう。

 

 

まずは、「トイレ」の目的を考えたいのですが、今回は逆に「トイレがなかったらどうなるか」を考えると、トイレがどのようにありがたいのかが見えてきそうです。

 

トイレがないと:

1)排泄物が、生活空間にたまってしまう

2)たまった排泄物が腐敗し、不衛生になる

 

そうすると、「トイレの機能」は

1)排泄物を生活空間から隔離する

           視覚的に隔離、臭いを隔離、虫が入らないように隔離、など

2)隔離した排泄物を処理する

           薄める、化学的に分解する、再利用する、など

というところになりそうですね。

 

 

これらを実現する方式として、昔ながらのポットン式とも呼ばれていた「汲取式」と「水洗式」を考えてみましょう。

一つ目の隔離する機能では:

  • 汲取式は、視覚的には隔離できても、臭いの隔離はできませんでした。
  • 水洗式は、視覚的にも、臭いも隔離でき、虫なども入らないようにできます。

二つ目の処理する機能では:

  • 汲取式は、基本的には人手で処理し、畑で肥料として再利用していました。
  • 水洗式は、トイレというよりも、公共の処理場がこの機能を賄っています。

 

すなわち、水洗式はトイレというよりも巨大な下水処理システムの一つとして考えなければならないということになります。

 

 

現在の(日本の)トイレを考えると、上記の基本的な機能以外に、様々な機能が追加されています。

すぐに思いつくのは「温水洗浄便座」でしょう(商品名でなく一般名で書くとこうなるようです)。

これらは「排泄後のおしりを、できるだけ清潔にしたい。しかも自分の手をできるだけ汚したくない。」というような、ユーザーの要求から生まれてきたものと思われます。

 

 

このようなトイレの機能は、日本独自のものらしく、外国人が初めて日本に来るとびっくりするらしいですね。中には、とても気に入って輸入して自宅に取り付ける人もいるとか。

 

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日本のモノづくりの強さは「品質の良いものを安く製造すること」とずっと言われてきましたが、このようなトイレの付加機能が生まれるのは、「日本のユーザーの品質を含めた機能への要求が高いこと」によるわけであり、これ自体も日本の製造業の強さの源泉ではないかと考えています。

 

 さてここまでは、排泄物が「いらないもの」「見たくもないもの」という前提で話をしてきました。

 

しかし、健康管理の視点からは、「排泄物を見ましょう」という話も聞こえてきます。

排泄物の大きさ、色、性状などから、健康状態(正確には消化器系の状態)がわかるというのです。

みなさん、排泄物(大きい方)は何からできているかご存知ですか?

実は、食べ物のカスは2割ほどで、それ以外は自分の細胞の死骸や腸内細菌の死骸だそうです。

だから、消化器の状態が顕著に表れるということですね。

 

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近い将来、今流行のAIやIoTとの組み合わせで健康状態を判別してくれるトイレ、というのも商品化されるかもしれませんね。

実際に商品になるかどうかは、日本人の機能への要求がどこまで高くなるのか次第といえるでしょう。

 

今回は、日ごろあまり話題にしない「トイレ」をあえて取り上げてみました。なくてはならないものですし、今後、いろいろと発展しそうな気配を感じてちょっと楽しみに思っています。

 

 

機能性表示食品ってどういう機能がある食べ物?

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最近、「トクホ」という言葉に代表されるようになにやらカラダに良さそうな食品・飲料品が増えていますね。 私も、コンビニやスーパーで買い物をする時、なんとなく意識するようになりました。

 

その中で最近、「機能性表示食品」という言葉をよく目にするようになりました。この制度、平成27年4月から始まっているようでもう2年もたっているのですね。

 

機能エンジニアとしては、ここでいう「機能性」とは何のことなのか、ちょっと調べてみたくなりました。

 

この制度、管轄は消費者庁のようです。

消費者庁のウェブサイト(http://www.caa.go.jp/foods/index23.html)
をみると説明があります。まとめるとこんな感じです。(※以下、消費者庁のウェブサイトコンテンツを基に当方で加工・編集を行ったものです)

 

「機能性」を表示できるものが「保健機能食品」、表示できないものが「一般食品」。「保健機能食品」には以下の3つがある: 

名称

内容

国への届出

国の許可

特定保健用食品

(「トクホ」)

健康の維持増進に役立つことが科学的根拠に基づいて認められている食品

許可制(表示されている効果や安全性については国が審査)

栄養機能食品

必要な栄養成分(ビタミン、ミネラルなど)の補給・補完のために利用できる食品

要(但し、既に科学的根拠が確認された栄養成分を一定の基準量含む食品であれば、届出しなくても可)

許可制ではない

機能性表示食品

科学的根拠に基づいた機能性を表示した食品

許可制ではない

(事業者の責任において、根拠を示す)

 

 

どうやら「健康の維持増進に役立つ」ことがこれらの食品の目的のようです。

 

「機能性表示食品」に関しては、必要な情報の届出を消費者庁長官に行い、消費者庁が内容を確認し、届出番号が発行されれば、「本品にはxxが含まれるので○○の機能があります」というような表示ができることになっているようです。

 

機能の定義…これって、難しいことです。

いろいろな場面でいろいろな定義があります。

 

ここでは、ISIDエンジニアリングで提唱している「機能で考える開発」では、どう考えて定義しているのか、説明をしたいと思います。

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「機能性表示食品」として届出されているものは消費者庁のウェブサイトで検索することができます。7/17現在、997件ありました。生鮮食品も8件あります。

検索して最初に目に入った成分、「難消化性デキストリン」について取り上げてみたいと思います。食物繊維の不足を補う目的でトウモロコシから作られたもののようです。

機能性表示食品に使われているものは、141件ありました。

 

検索結果に「表示しようとする機能性」というものがあります。これが機能の定義のようですね。

難消化性デキストリンが成分として登録されている、ある食品についてみてみました。

 

この説明をみると

健康の増進、具体的には脂肪の取りすぎを防ぐ、糖の取り過ぎを防ぐ、おなかの調子をすっきり整えるために以下3つが機能といえそうです。

  • 脂肪の吸収を抑えて排出を増加させる
  • 食後の血中中性脂肪や血糖値の上昇を穏やかにする
  • おなかの調子を整えるための何かをコントロールする(記述がない為不明)

「機能で考える開発」では、この機能をもう少しかみ砕いて、物理特性で表現をするようにしています。

例えば、1は脂肪吸収率・脂肪排出率を物理特性で定義してみます。口にしたものは24時間で消化・吸収・排出され、排出されないものは全て吸収されると仮定して、

 

脂肪吸収率(脂肪排出率)=(1日に摂取した食品に含まれる脂肪量―排便に含まれる脂肪量)/(1日に摂取した食品に含まれる脂肪量)

 

具体的に表現すると、さて実際にこれをどう計測しようかということまで考えられるようになります。そして実際に脂肪吸収率がどうなっているのか事実が分かれば、カラダの中で何が起きているのか、更にいろいろなことに考えがめぐるようになります。

 

また、物理特性で表現すれば、物理の原理原則に基づき、カラクリを紐解くことができること、機能の高さを定量的に数値で表すことができ、明確な目標設定ができること、そして最終的にやりたいことが実現する道筋が描けるということなのです。

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機能とひとことでいってもいろいろな捉え方があります。私はそのいろいろな捉え方を否定するつもりはありません。なぜなら、どういう捉え方をするにせよ、機能を語るとき、何らかの目的があり、その目的を達成するために手段を考えていくことになるからです。

ただし、目的と手段を正しくつなげて設計的に実現可能なものにするためには前述したような物理の原理原則で理論的に表現するアプローチが必要と思っています。

 

ちょっと理屈っぽい話になりましたが、お伝えしたいことが少しでも理解頂けるとうれしいです。

 

 

プロサーファーはサーフボードの機能を極限まで引き出すパフォーマー

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7月に入り気温は随分高くなってきました。海水温もこれから8月中旬頃までさらに上昇していきます。 

そして、お盆までは海の波は比較的穏やかで海水浴にいい季節で、私が大好きな湘南も多くの海水浴客で賑わいます。

その後は土用波も更に高くなり・・・台風シーズンに突入!というのが、私が幼少の頃のセオリーだった気がしますが、最近はあまり季節感がないようですね。

 

 

さて、いつぞやのブログでは波について考えてみましたが、今回はサーフボードについて考えてみたいと思います。

 

サーフボードの機能とは何でしょうか?波乗りの道具なんていわないで、物理の原理原則で定義してみたいですね。 まずは、サーフボードの構造から機能を考えてみたいと思います。

 

サーフボード自体が受ける力は

  • サーファーの体重やボードの重さ受ける重力
  • ボードの浮力
  • 波から受ける力
  • 海面とボードの摩擦力

があります。

 

ボードそのものの浮力はボードの大きさ(長さと厚さ)、波から受ける力は波の大きさが支配的(波が高いほど伝播速度は速いので)と思います。

 

摩擦力は理論的には摩擦係数と荷重で決まりますが、ボードと海面の状況から摩擦係数は一定ではないことは想像に難くなく、接触面積によっても影響すると思います。それらはボードのロッカー形状(ボード前後方向の反り)、ボードボトムのコンケイブ、コンベックス形状(ボードの左右方向の反りのこと。コンケイブが凹、コンベックスが凸)が影響因子になります。コンケイブは海面とボードの裏、表の水の流れによっては揚力を発生する因子にもなります。

 

これらからは、サーフボードは波の力や、サーファーからの力を受け止めており、受け止め方もその形状により状況が異なっているようです。

   

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他の構造に目を向けてみましょう。ボードにはフィンがついています。

 

前述したように、サーフボードにはさまざまな力が働いており、フィンのないボード(ただの板)では波の上をすべる方向が不安定になるため、直進安定性をあげるためにフィンが考案されました。最初はシングルです。

 

ところが、それは必ずしも有効に働かない場合があります。

 

サーファーがボードを操作する状況を想像してみてください。方向を変えるときにボードの面は海面に対して水平ではなく、相当な傾きを持っています。すると、ボードの後ろ側、左右方向の中心につけられたフィンは、海面から飛び出してしますのです。(それを「フィンが抜ける」というようです)

 

そこで、ターン後半でのフィンの海面からの抜けをなくすために、サイドフィンが生まれました。左右に2つ装着されたツインタイプです。

 

しかし、ツインタイプはボードを回転させやすいけれど、かならずしも直進性は高くなく、そこで中心にフィンを追加した3本フィンのトライが誕生したのです。

 

このようにフィンはボードを海面の上に走らせたときの安定性とターンの操作性の両立をするために進化してきました。

最近ではフィンが着脱できるようになり、そこでトライの中心のフィンを2本に分けて、直進安定性と操作性のバランスをさらに変えることのできる4本タイプ、クワッドがでてきました。着脱式なので、中心に1本、あるいは2本装着して、状況や好みによって変えることができます。

 

こう考えてくると、フィンはサーファー側からの視点で、波の上で直進性や回転操作性を狙いのレベルで確保するためのものであるといえます。

 

もう一つ、別の構造としてボードの後部、テールデザインがあります。テールをカットすると直進性と回転操作性のバランスは回転操作性が優先に変わってきます。

 

以上をまとめると、サーフボードは波とサーファーの力を入力として、それぞれの力の受け渡しをしながら、波の上を進んでいくための力を出力として取り出す機能があるといえるのではないでしょうか。

そしてプロサーファーは波の上を進んでいくための力を自由にあつかう高いスキルをもった人なのでしょう。

 

 

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しかし、最終的にその機能をどういうレベルにできるかは、どのようなサーフィンスタイルを求めるか(直進性なのか、それとも回転操作性が優先なのか)によって決まっていくものです。

それに加え、自らの技術レベルや波の状況はどうなのか?(大きさとか、どこで波が崩れるかなど)等、そういったことを明確にして目標を設定することが、最終的に機能の「因子」(機能の水準に影響を及ぼす、あらゆる内部要素・外部要因)を明確にすることにつながり、目標を達成する近道と考えています。

 

最後に自分自身が描いた理想のボードを的確にシェイプしてくれるシェイパーにめぐり合うことも重要な要素です。いい道具はいいテクニシャンから生まれることも忘れてはなりませんね。

 

 

プロ棋士藤井聡太四段は将棋駒の機能を操る魔術師か?

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将棋の世界に史上最年少で彗星のごとく登場し、更に連勝記録を打ちたて、将棋の世界どころか、多くの大衆を将棋の世界に引き込んだ藤井聡太四段。

 

連勝記録もさることながら、インタビューで見せるとても中学生とは思えない落ち着いた受け答え。これだけ注目されても全く変わることのない謙虚さにも驚きを隠せませんね。

 

今更説明するまでもありませんが、将棋(本将棋)は八つの種類(玉将、飛車、角行、金将銀将、桂馬、香車、歩兵)の駒を使い、先に玉将をどちらか獲るか対戦するゲームです。日本将棋連盟のWebページを拝見すると(https://www.shogi.or.jp/)、将棋を指すのに必要なのは盤と駒でスポーツにたとえると盤は競技場、駒は選手の役割をするとあります。

 

ならば、将棋を指す人はさながら監督・ヘッドコーチ。

プロ棋士ともなれば、ゲームに勝つ(玉将を取る)いう目標に向かって、八つの駒の役割を組み合わせ、攻める・守るという機能を瞬時に作り出す、状況により組み立てなおす、先の手を読み、目標達成のためのシナリオを常に考え続ける、そういう能力に長けている人といえそうです。

 

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ところで、八つの駒の動かし方や、相手の駒を取る、駒を打つ、「成る」「不成(ならず)」といった、ゲームにおける駒の機能は、その駒に記してある駒の名前とルールにより決まっているものです。

プロ棋士でもそれを思わず間違え反則負けということがあるそうです。「藤井フィーバー」で将棋をやってみようと取り組み始めた方も多いのではと思いますが、ましてやそういった初心者ともなればなかなか頭に入りにくい。

 

将棋の駒のことを調べてみると一石を投じたものがありました。2016年にグッドデザイン賞を受賞された「大明駒(たいめいごま)」です。

http://www.g-mark.org/award/describe/43521

各駒の動き方をデザインに反映されたもののようです。

駒の名前と動き方を頭で結び付けるところを、視覚的に動き方を示しているというわけです。

 

人が五感(触覚、味覚、視覚、聴覚、臭覚)により感じて、考え、ひらめく、思いだすといった「機能」を「デザイン」で高めることができるということを表現した、まさに機能的なデザインといえると思います。

 

私がこのブログでお話ししている「機能で考える」流で表現するとどういうことになるのでしょうか。  デザインのどういう特性が、人間の五感と脳の働きとの関係をより緊密にしているのか、それらを物理の原理原則で考え、物理特性で表現をしていく必要がありそうです。

ただ、人によって異なる感性の話は、簡単に言うと好き・嫌い、きもちいい・きもちわるい、分かりやすい・わかりにくいといったものをどのように定量的に決定するのかを明らかにするという命題が立ちはだかります。

 

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人間は神か、お釈迦様か、誰がつくったかはわかりませんが、まだまだ難しいところがありますね。 このブログでも人間のストレスについてお話をさせてもらっていますが、さらにいろいろな分野の研究が各方面で進み、少しずつ人のカラクリが解き明かされてきていると思います。

 

しかし、まずは、人間が作り出す「モノ」の世界を、その機能のあるべき姿を物理の原理原則で考え、モノの本質・理想を追い求めていくことで、自分たちの手の内に入れておきたいものです。

まだまだやらねばらならないこと、たくさんありますね!

 

目覚まし時計の機能とは...?

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春眠暁を覚えず、という季節は少し過ぎましたが、梅雨の湿気で寝苦しく、朝もなかなか起きられないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

今回は「目覚まし時計」の機能を考えてみましょう。

  

この連載も回を重ねているので、ずっと読んでいただいている方には「大きな音を鳴らして、人を起こすこと」という解答にはならないことはもうおわかりでしょう。

 

 まずは、「目覚まし時計」を使う目的を考えてみましょう。

 

「特定の時間に、目を覚ましたい」ということは共通であっても、細かくみていくと、いろいろな目的がありそうです。 例えば:

1)今晩は寝るのが遅くなってしまったが、明日は朝から仕事で重要なミーティングがあるので、短い睡眠時間でも「無理矢理」XX時に起きる

2)十分な睡眠を取っているつもりなのに朝起きるのが苦手なので、毎日△△時に「健康的に」起きる

等々。

 

次に、「目を覚ますための手段」を考えてみましょう。

 

一般的な目覚まし時計は、「大きな音を出して、目を覚まさせる」という手段を使います。

これは、音という刺激が、目を覚ますのに有効だろうと考えたから、また音を出すという手段が比較的容易に実現できるから、歴史的にそういう方式の目覚まし時計が作られ、そして使われてきたと思われます。

 

人を起こすためには、人に何らかの刺激を与えるというふうに、少し一般化して考えると、他の方法もいろいろと考えられそうですね。五感を順番に考えると、聴覚以外に以下のような感覚に訴えるものが考えられます:

  • 視覚:光の刺激を与える。明るくする ・・・これは照明を使った目覚ましシステムで実際に使われています。
  • 触覚:なんらかの形で触って起こす ・・・お母さんが子供を揺すって起こすのもこれに近いですね。
  • 嗅覚:何らかのにおいをかがせる ・・・これに相当する機械は聞いたことはありません。いいにおいがいいか、いやなにおいがいいか、いろいろな仮説が出そうですね。でも、柑橘系のジュースや皮のにおいをかがせると起きやすいような気がしますね。
  • 味覚:これは口にチューブでもくわえさせないと行けないので、なかなか実現が難しいでしょうね。

 

五感以外でも例えば

  • 脳に弱い電気刺激を与えて、何らかの夢を見させて起こす ・・・将来的に脳や夢の研究が進めば実現するかもしれません。
  • 体感温度を調節して起こす ・・・起きる頃には体温が上がっているということを考えると、案外現実的かもしれません。

 

 

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と、ここまでは「手段」をメインに話してきました。そうです。これだけでは機能から考えていることにはなりませんね。

では、目的と手段をつなぎ、機能全体を詳しく考えてみましょう。

 

そのためには、まず「目を覚ます」ためには体がどういう状態になっていなければならないかを考えるとよいですね。これが機能で考えることのゴールの一つである、「カラクリ」解明の第一歩になります。

「からくり」とは、“からくり人形”に代表されるような、古い時代の機械的仕組みのことです。 機能で考える場合のカラクリとは、「実現すべき機能を達成する為の個々の機能間の関係や機能を構成する因子の本質的な構造およびそれを表したもの」と定義しています。

 

話を元に戻して、眠っている状態と起きている状態を詳しくみていきましょう。

例えば:

 

眠っている状態:

  • 意識がない、脳が休んでいる(完全に休んでいるのはなく、夢を見ている可能性がありますが、それも含めて)
  • 自律神経系では、副交感神経が優位
    体を休めて、回復している状態
    体温も低めになっている

    →そのために、セレスタミンというホルモンが出ている

 

起きている状態:

  • 意識がある、脳が活動している
  • 自律神経系では、交感神経が優位
    体がいつでも活動できる状態
    体温も高めになっている

    →そのために、アドレナリンやコルチゾールというホルモンが出ている

 

「目を覚ます」とは、この眠っている状態を、起きている状態に変えるにはどうしたらいいか、という問題です。

 

いわゆる「目覚まし時計」は、音の刺激で、無理矢理意識を回復させようとします。

しかし、体が活動できる状態でなければ、どうでしょうか?

低体温や、ホルモンバランスが良くない場合などは、音の刺激で意識だけを

急に回復させようとしても、体がついてこないので、起き上がれない、

すると、そのまままた寝てしまう、ということが起きるのです。

 

そうすると、刺激を与えることばかり考えても、それですぐに起きられるわけではない、ということがわかってきます。

 

ではここで、「目覚まし時計を使う目的」の1)にあった「睡眠時間が短い時に、無理矢理起きる」という目的に対応するために必要な機能を考えてみましょう。

 

無理矢理起きるのですから、健康的でなくても(一時的に体に負担をかけても)構いません。

例えば、

  1. 意識を回復させるための刺激をたくさん与える
  2. 交感神経を強制的に優位にする

というようなことが考えられます(2. は少し過激ですが、未来の世界では悪影響が出ないような適切なホルモンの投与の仕方が見つかっているかもしれません)

1.としては、音だけでなく光、振動など様々な刺激を組み合わせるのもいいかもしれません。

 

次に、「目覚まし時計を使う目的」の2)にあった「十分に睡眠は取っているが、健康的に目覚める」という目的に対処することを考えてみましょう。・・・これが一番、人間として理にかなった起き方を助けることになるかと思います。

健康的に、毎日起きることを助けるのですから、体に負担をかけてはいけません。理想的には、しばらくこれを使ったら、自然に体が適切な時間に起きられるようになって、そのうちに助けが要らなくなる、というものが望ましいですね。

例えば

  1. 意識を回復しやすい(適切なタイミングで交感神経が優位になる)ように体のリズムを整える
  2. 意識を回復しやすいタイミングで必要最小限の刺激を与える

ということが考えられます。

1.を実現させるためには、起きる瞬間だけでなく、事前の準備として「食事、生活のリズム、運動」など様々なものをサポートする、ということが考えられます。

2.は、例えばカーテンを開ける、部屋の温度を少しだけ高くする、などで済んでしまうかもしれません。大きな音は不要になるのが理想ですね。

  

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こうしてみると、もはや一般的な「目覚まし時計」からはかけ離れているかもしれませんが、「目覚ましシステム」を考えるということなら、納得してもらえるでしょうか。

 

今回は「機能で考える」ということについて、目覚まし時計を例に目的と手段を考えながら全体や詳細をみていく、ということを少しお話してみました。

では今日はこのくらいで。

恣意的な希少価値~「限定」という罠

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一ヶ月前のブログで、私は、「読む用」と「保管用」を1冊ずつ買っている本もあるというお話をしました。理解していただける方もいれば、無駄だと思われる方もいらっしゃると思います。おそらく、後者が大多数だと思いますが、残念ながら、我が家でも私以外はすべて後者です。

 

なので「金の無駄!」「スペースの無駄!」「そもそもこのご時勢に資源の無駄!」という家族のクレームの嵐で肩身の狭い思いをしていますが、このクレームに対する最善の反論は「きれいな方が後で高く売れる」です。

このセリフで納得したのか、あきらめたのか、慣れたのか、真相は不明ですが、家族のクレームは最近静かになりました。

ただし先日もお話した通り、私は本を「投機対象」と考えたことは一度もありません。

 

紙は劣化します。どんなにきれいに読んでも、買値より高く売れることはほとんどないでしょう。

 

でも高値で取引されている本もあります。それは、需要と供給のバランスが大きく崩れた場合です。つまり希少価値。稀覯本(きこうぼん)ともなるととてつもない価値がつきます。これはその本の持つ内容と装丁が時間の経過と共に、稀な存在になることで歴史の重みにより異常なまでに価値が高まっていったものです。

 

ところが、この「希少」価値を時間の経過なしで生み出していると思われるものがあります。それが「限定本」といわれるものです。

 

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そもそも「限定されたもの」とは何でしょうか?本に限らず考えてみたいと思います。

 

まず限定品には大きく分けて「なるべくしてなった・必然的なもの」と「意図的・恣意的なもの」の2つがあると思います。

  • なるべくしてなった・必然的なもの

    1. 期間限定(いつ):その時期でしか採れない原料で作られた食べ物、もしくはその時期に食べたくなるもの、使いたくなるもの。
    2. 地域限定(どこで):その場でしか採れない原料で作られた食べ物。
    3. ユーザー限定(だれが):特定の人しか必要としないので少数しか生産しないもの。
    4. 技能・手法限定(どのように):複雑もしくは緻密で大量生産が難しいために生産個数が限られるもの、芸術的価値があったり、文化・風土独特なもの。

 

  • 意図的・恣意的なもの
    1. 期間限定(いつ):試作品としてレギュラーメニュー化すべきか一定期間様子を見るもの。
    2. 地域限定(どこで):地域ゆかりのネーミングなどでブランドイメージを作り出している「お土産」的なもの。
    3. ユーザー限定(だれが):集客のために用意したものや、「欲しい人が夜中から長蛇の列を作った」という話題を作り広告効果を狙うもの。
    4. 技能・手法限定(どのように):手作り風などといった、その手法のイメージを活用したものや、需要が読めず、在庫のリスク回避のために少なめに生産し、かつ「限定」と明記することによって完売を目論むもの。 

 

「なるべくしてなった・必然的なもの」は「大量に作れない」から限定品となり、「意図的・恣意的なもの」は「大量に作ろうとすれば作れるが作らない」ものですというわけです。

 

「希少」なものはなぜ「価値」があるかもう一度考えてみたいと思います。経済の需要と供給の関係で価値が変わることは古くから言われている経済の基本ですが、これは「価格」という価値の決定プロセスであり、ここで私が言いたい価値とは少々違います。

 

「簡単に作れないもの」であればあるほど貴重となり、

さらに時間と歴史が重なればもっと価値が上がり、

さらにさらに学術的に貴重な場合は、さらに価値はあがります。

 

一方、「意図的・恣意的なもの」はどうでしょう。

「人が持っていないものを持っている、という優越感を持ちたい」という要求に応える行為、マーケティング戦略といえるのではないでしょうか。つまり「現在、世の中に、貴重なモノが少数しかない状態」を作っているのです。たとえ、広告だろうが、在庫リスク軽減だろうと「限定」と言われて、販売側の戦略に踊らされていると気付きつつも心を躍らされてしまっているのかもしれません。

 

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ということで、限定品を買う場合は、「自分は何を要求しているのか、自分にとっての価値は何なのか」を明確にしてから買うことにします。「買わずに後悔するより、買って後悔しろ!」「持ち腐れてこそ宝!」がポリシーなので、多分結局買うと思いますが・・・。