みぢかを機能で考える

ISIDエンジニアリング・機能エンジニアが機能で考える開発について紹介します。

映画をどこで見る?~映画館で見る価値、家で見る価値

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先日映画のディレクターズカットや映像特典についてお話ししましたが、さて、皆さんは映画をどこで見ますか?

もともと映画は映画館で見るものでした。しかし今はいろいろなメディアの発達により、家、あるいは移動中の車や電車の中など、いろいろな選択肢があります。

ここでは話を簡単にするために、映画館と、それ以外の代表格として家の二択に絞って話を進めたいと思います。

 

 

さて、映画館で見る場合、我々は映画館にどのような機能を求めているのでしょうか。

例えば

  • 巨大な画面、大音量で別世界に包まれたい。
  • 周囲の観客との一体感を味わいたい。
  • 始まる前のドキドキ感と終わって帰る時の寂寥(せきりょう)感を堪能したい。

・・・等、要するに非日常のイベントとして楽しみたい、ということでしょう。

 

一方、家で見る場合、そこに求める機能は何でしょうか?

  • 外出の準備をせず気軽に映画を見たい。
  • いつでも休憩したり中断したり、マイペースに楽しみたい。
  • 他人の反応を気にせず、自分だけで落ち着いて映画に集中したい。

・・・等、要するに日常の延長、生活の一部として楽しみたい、ということでしょう。

 

ちなみに私、機能エンジニアとしては、アクション系、SFX系の派手な映画は、映画館それもIMAXで、ドラマ重視の映画は家で見ると決めています。 多分そういう方は多いのではないでしょうか。もちろん映画館で見た映画もあとで特典映像見たさにブルーレイを買ったりしますが。

 

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さて、ここでふと思ったことなのですが、上記の映画館の場合と家の場合の特長は、それぞれ「コト消費」と「モノ消費」という言葉で表現できるのではないでしょうか。

 

「コト消費」「モノ消費」の定義として、ここで、経済産業省が公表している『平成27年度地域経済産業活性化対策調査(地域の魅力的な空間と機能づくりに関する調査)報告書』からモノ消費とコト消費についての説明を引用します。

【モノ消費】

 個別の製品やサービスの持つ機能的価値を消費すること。

【コト消費】

 製品を購入して使用したり、単品の機能的なサービスを享受するのみでなく、個別の事象が連なった総体である「一連の体験」を対象とした消費活動のこと。

 

家ではコンテンツ(映画)をブルーレイもしくはDVDという製品に変えて消費(観賞)し、映画館ではコンテンツを観賞するだけではなく全体の雰囲気を堪能する。まさにモノ消費とコト消費ですね。

 

「モノ消費」から「コト消費」へ、という流れが昨今言われていますが、さて、映画はどうでしょう?

 

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映画の場合は逆の流れになっていないでしょうか。

 

たしかに最近シネマコンプレックス、通称シネコンが増えてきて、スクリーン数や映画館入場者数は増えつつありますが、「増えつつある」程度です。

日本映画産業統計によれば、1996年の1.2億人を底に2016年には1.8億人まで増えてきていますが、1958年のピーク時が11.3億人だったことを考えればまったく比べ物になりません。まあ当時はテレビも一般的ではないし他に娯楽があまりなかったので確かに比べ物にならないのですが。

 

1958年を特別扱いにするとしても、娯楽の代名詞であった映画からその座をテレビが奪った1970年代以降ほぼ入場者数2億人弱で推移している現状では、とても「モノ消費」から「コト消費」に移りつつある・・・とは言えません。

 

逆に特典映像で付加価値をつけたブルーレイやDVD、そして価格が下がりつつある大画面テレビにその座を奪われつつあります。

 

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また最近は映画館での上映終了後、ブルーレイやDVDへの製品化までの期間は短くなる一方で、ついこの間封切りされたと思ったらもうブルーレイが売られている!という状況になっています。

海外の映画には日本での上映無しに製品化されるものもあります。しかも特典映像がついているのですから、映画館で見て「コト」を楽しむべき映画に付加価値がついて「モノ」になっています。この状況は「コト消費」から「モノ消費」に流れているといってもいいでしょう。

 

でも、本当に「コト」から「モノ」に流れているのでしょうか?「コト」としての映画館は廃れてゆくだけなのでしょうか?

 

それは映画館入場者数が増えつつある現状を見れば間違いであり、シネコン化やIMAX、IMAX3D、4DX等のコトの付加価値の増加により入場者数は更に増えていくと思われます。

 

ということは単純に「モノ」から「コト」へ、もしくは「コト」から「モノ」へという2つの流れだけでは計れないものが映画にはあると私は考えています。

「モノ」でも「コト」でもない、「映画というコンテンツ」というものが中心にあり、その「コンテンツ」の楽しみ方が、見る本人のその映画に対する思い・考え方によって、「モノ」という手段を選ぶか、「コト」という手段を選ぶか、という違いになっているのだと思います。

 

つまり最初の質問、「映画をどこで見ますか?」は、言い換えれば「その映画をコトで楽しみますか?モノで楽しみますか?」になるということです。

 

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結局は「モノ」だろうと「コト」だろうと、その中心にある「コンテンツ=本質」が重要であり、「モノ」も「コト」も本質に対する付加価値でしかなく、本質の価値が「モノ」と「コト」の価値を決めるのです。

それを見失い「モノ消費」だの「コト消費」だのという一時のブームのような言葉に振り回されると、いつか痛い目に会いそうな気がします。機能エンジニアとしては「本質」の重要性は絶対に忘れたくない・・・と映画館の話をしながら思ってしまいました。